2021年04月02日

【書評】前川清治さんの「かわさき地名散歩」を読めば、川崎市内を確かに散歩したくなります!・・・最近、こういう本ばかり読んでいる、もはや、私も完全に「川崎市民」ですよ

故郷の仙台を離れ、20年以上が経ちます。

結婚してから、川崎市内に住み始めてからも
早20年。

仙台に住んでいた時期よりも、川崎市内に
住んでいる年数の方が長くなりました。

となれば、故郷の仙台よりも、長年住んで
いる川崎市、あるいは神奈川県に関心を持つ
ようになるのは自明の理でして、最近は
いわゆる「神奈川本」、「川崎本」ばかり
読んでいます。

今回読んだのは、前川清治さんの「かわさき
地名散歩」なる一冊。

(*Amazonではそこそこ廉価で販売されて
います。↓)




多摩川新聞社の出版。

1998年に発行されていますから、20年以上前
の本なのですが、これがねえ、今の私には
「はまった」。

というのも、数多く出てくる川崎市内の地名が
すっと頭に入ってきたからです。

地名の由来を知るのは、どこの地域であっても
興味深いものですが、川崎市内の地名も味わい
深いものが多い。

例えば、私が住む多摩区菅北浦は「多摩丘陵の
北側の裏にあたる」からとか、「北を向いた浦
(湾曲して入り組んだ所)」という意味がある
そうです。

驚いたこともあります。

私の自宅から歩けば20分くらいのところに
「小沢城址」なる城址があります。

ここを元々治めていたのが稲毛三郎重成でした。

この稲毛三郎重成、私も名前だけは知っていま
したが、その奥さんがかの鎌倉幕府将軍の源頼朝
の奥さん(北条政子)の妹だったそうな。

稲毛三郎重成は、時の将軍の義理の弟だったと
いうわけです。

こういうことは、本当に知らないものです。

よって、稲毛三郎重成も一時期はこの界隈では
相当な権力者であったであろうことが伺えます。

もっとも、この稲毛三郎重成、源氏が3代で
途絶え、北条氏が政権を取ると、家族共々、
皆殺しにされたそうで・・・。

悲劇的な最期だったことも初めて知りました。

こういう背景を知れば、「小沢城址、改めて
足を運んでみようかな」という気にもなると
いうものです。

また、うちの近くに限らず、神奈川県内には
「子之神社(ねのじんじゃ)」がたくさん
ありますが、この「子」がネズミを指すと
いうことも、恥ずかしながら、知りません
でした。

ネズミはその昔、「屋敷の守護神」として
信仰されていたそうです。

今では、「やっかいもの」と扱われることが
多いネズミですが・・・。

ホント、勉強になりました。

私が小学生の頃に習った郷土史は宮城県のもの
でしたので、今、50歳を過ぎて、神奈川県の
郷土史について、遅かれながら少しずつ勉強
している次第です。

今後も、神奈川県や川崎市について勉強した
ことを【書評】でお伝えできればと思って
います。




*今はこの本を読み始めていますが、これも
また面白い!・・・近々、【書評】を書きます! ↓



posted by あらやまはじめ at 13:40| 神奈川 ☁| Comment(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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